A :炭酸泉源の道標 (神戸市北区有馬町、炭酸泉源公園入り口・明治10年6月建立)
炭酸泉源公園入り口 ・・・・・道標は、写真右下、あじさいの中に埋もれている)

正面
炭酸水 てっぽう水ともいう |
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右
- すみよし
- とりぢこく
- 津ヽみがたき
- (住吉 鳥地獄 鼓ヶ滝 の事)
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左 (撮影不可能)
明治十丁丑年六月 梶木建設 |
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※明治8年、森琴石の実父「梶木源次郎」により、毒水と言われていた湧き水が、”良質な炭酸水”という事が分かった。その後明治34年、この炭酸泉源に隣接した「有馬鉱泉合資会社」という、炭酸水(ミネラルウォーター)の工場が建てられた。炭酸水の運搬手段は荷馬車だった。
メモ:その後、大正4年4月16日には、三田〜有馬温泉湯元まで12キロの<有馬鉄道>が開設された。当初は民間鉄道として計画されたが、完成と同時に鉄道院が借り受け、4年後買収され、国鉄が有馬線として運行した。戦時下の昭和18年に廃線となり、(篠山連隊の)軍事物資を輸送する為、国鉄篠山線に転用され、車輌から線路や敷石、橋げたに至るまで、有馬線の資材が活用されたという。
<有馬鉄道>とは別に、昭和3年11月、神戸湊川〜有馬温泉入り口までを結ぶ、神戸有馬電気鉄道(現在の神戸電鉄)が開通、同12月には、有馬〜三田間が開通した。
◆調査ご協力者=妻木敏彦氏(神戸市北区役所北神出張所有馬連絡所 所長)
B:住吉道の道標 (神戸市北区有馬町・六甲越えへの登り口・明治10年6月建立・未撮影)
右 左ハすみよし西宮 (左は住吉西宮)}
左 明治十丁丑年六月 梶木建設
背 ハつつみかたき (背は鼓ヶ滝)
台石正面:世話方4名の名
台石右側:戸長 梶木源次郎 など5名の名
◆参考文献=「見て聞いて歩く有馬」(鷹取嘉久著発行/平成8年)・「神戸の道標」(山下道雄、沢田幸男、永瀬巌共著/のじぎく文庫編集/松井高男発行/昭和60年9月)