●関連事項=平成16年2月・森琴石紹介:略伝・略歴 など
梶木源次郎(梶木源治郎・梶木源二郎・かじき げんじろう)
梶木源次郎=森家過去帳・森琴石を紹介する文献・「有馬温泉誌」などで記述されている名称
梶木源治郎=梶木家謄本・梶木家過去帳
梶木源二郎=森家謄本
梶木源次郎 肖像写真 -アンプロタイプ(ガラス板の湿板写真)−

明治11年6月2日撮影 (67歳)
★森家には、ガラス湿板写真は現存していません。写真の上部と下方の破損が著しい部分は、カットしました。
- 家号
- 平野屋源次郎 (平野屋源治郎)
- 生没年=文化9年3月18日(1812)〜明治25年1月20日(1892)、享年80
- 父=梶木源兵衛
- 妻=森琴石実母 (琴石が養子に行った2ヶ月後に死去)
- 名しげ?(弘化3年5月7日歿・法名 智願妙重大姉)
- 梶木家略系譜
| 梶木源次郎(源治郎・源二郎) |
(娘婿) |
(娘婿) |
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|― |
(源次郎長男)源之助 |
―梶木元次郎 |
―梶木博之※ |
―梶木雅夫(現当主) |
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―(源次郎二男)某=川辺郡安倉(現宝塚市)の※庄屋家の養子となる |
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―(源次郎三男)熊=森琴石・大坂の森猪平の養子となる |
- ※川辺郡安倉には、門下「田川春荘」がいる。→関連資料:田川春荘画の「孔子像」と地域社会
- ※梶木博之
「有馬温泉史料 上下巻」
(風早恂、有馬温泉刊行委員会編著・発行者中村安考・名著出版・昭和63年)での、有馬温泉史料刊行委員会委員長。下巻の末尾に、梶木博之氏の「跋文」が寄せられており、文章中、風早恂氏と共に、同著に精魂を傾けた人物に「森 博」の名が記されている。森家に残る文政年間からの控え録には、「奥の坊」の氏名が複数ある事から、森 博氏は森家とは何らかの繋がりがあるものと思われる。
下巻の古文書類では、<年寄源次郎>・<本陣奥坊半六>・<年寄仙太郎>などの名が頻繁に出る。
*梶木家では神戸市近郊の旧家との婚姻、養子縁組が多く見られ、梶木家からは政府の要職についた人物を排出した。
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